船形山からブナ二次林観察の便り

5月27日「船形山のブナを守る会」の、森の復元のための、第一ステップとして二次林観察会に行ってきました。出かける準備をしていたら、次男の康平が起きてきたので、誘ったら一緒に行くことになりました。康平は、ここのところ3回連続の「ブナの会」参加で、もうすっかり会員の仲間になっています。8:30分小野田町役場に集合、車に乗り合わせて国道347号線を漆沢に向かいます。長いこと雪のため通行止めになっていたこの道路沿いも、まぶしい新緑のなか、フジやホウが花を咲かせています。車を止め、気持ちの良い青空の下、国道を30分くらい歩いて、目的の21林班につきました。「中新田森林管理センター」の竹田所長の案内で、美しいブナ二次林の中を歩きます。かつて人の手が入り利用された森が、今再び甦がえろうとしているところです。営林署の記録に拠ると、この森が伐採されたのは、今から88年前とのことで、つまりこの森の年齢は、88歳ということになります。人間の88歳と言えば、相当の高齢ですが、この森はとても若々しく思えます・・・と、68歳のSさんが言ってました。

 

 

 

足元に目を向ければ、ブナの新芽がかわいらしい双葉をのぞかせていました。でも、この新芽が育ち、巨木となることはまずありません。それどころか、88年経った今でもブナの生存競争は続いていて、弱いブナは淘汰され、密度を減らしながら巨木の森へと育っていくのです。うっそうとしたブナの森の中で、3〜400年の長い時を過ごし、寿命で倒れたブナのあとに出来た、森の隙間から差し込む陽を受け、生存競争に勝ち残ったものだけが、巨木への道を歩むのです。

この森が、美しい二次林となっているのは、当時の人たちが、森に対して真摯な気持ちで、再生を願いながらブナを切ったからでしょう。もっとも今のように、チェーンソーや運搬の重機がなかったということもあるのでしょうが、巨木つまり母となる木を残したからなのです。伐採されたすぐあとに芽を出したブナは、陽を遮るものもなく、どんどん成長したのです。

しかし、昭和35年ころから始まった「ブナ・ミズナラなどの広葉樹の原生林を伐採しスギ・カラマツなどの針葉樹にかえる」という拡大造林計画は、まさに「ブナ退治」といえる皆伐でした。一般にブナ伐採地では、スギを植えてもササの成長が早いため、スギの育ちも悪くなります。そこでササを枯らすために大量の除草剤が散布されたのです。これでは、ブナの二次林どころではありません。ですから私たち「船形山のブナを守る会」では、二次林再生のための、ササ刈りをしようとしているのです。植林ではありません。植林すればそれは人工林であり、私たちの願っている森の再生とは、ちょっと意味が違ってきます。あくまでも、ちょっと手伝いをさせてもらうだけです。

今回歩いたブナの林は、88年目のブナでした。この林が巨木の森になっている姿を私は見ることが出来ません。一緒に行った康平も今11歳ですが、見る事は出来ません。それほどの長い時間をかけて、森は生きているのですね。人間の都合で破壊するのは、ブナの時間からすれば、ほんの一瞬のことです。もっとたくさんの人にこのことを知ってもらいたいと思いながら、森の中を歩きました。

康平が大人になり、自分の子供や孫たちと一緒にこの森を歩くころは、どれほどのブナの森になっていることでしょう?


二次林再生、ササ刈りをすでに行っている「仙台のブナ林と水・自然を守る会」の
ホームページもご覧になってみて下さい。http://hb5.seikyou.ne.jp/home/obata/


 


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